2008年4月

"道場と自宅"

"道場にきてみんなで一緒にやる健康整体と、自宅で一人でやる健康整体との差がわかりますか?何が違うのでしようか?たとえば、一人で食事をするのと家族や友人と食事をするのとはどちらが美味しいでしょうか?漫才や落語をテレビやビデ […]

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"備わっているもの"

"修行は何かを手に入れるものではなく、何も望まず、何も持たないことだそうです。そんな無の境地に達するために行うのが修行です。一般的には、修行というと何かを得るためにするものだと思っています。目を閉じて、青く澄みきった空を […]

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"回光返照"

"回光返照(えこうへんしょう)とは、外に向かって探そうとする心を、自分の内側に向けて自分を照らすという意味です。自分自身を明るく照らせば、本来の自分が現れ、力も発揮されるのです。世間の流行に流されるのではなく、真実を追い […]

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"心の目"

"世の中は何かを隠したりしません。その中にある真実も隠されているのではなく、全てまわりに現れています。よって真実を知りたければ、よく見て、よく感じることです。そのためによく見える心の目を養うことしかありません。心の目が曇 […]

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"一行三昧"

"一つのことに精神を統一して邁進することを「一行三昧(いちぎょうざんまい)」といいます。禅の修行といえば坐禅です。私たちも坐禅をしなければいけないのか?しなくてもいいのです。日常生活すべてにおいて心を素直にして取り組むこ […]

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"間違いはない"

"皆さんは、いろいろな選択において正しい選択をしたいとか思っているはずです。また、間違いたくないとも思っているでしょう!間違いは、実際の選択にはなく、全てが正しいということを知っていますか?よく、あの時違う選択をすればよ […]

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"錯覚?"

"人は、歳をとればとるほど感覚が鈍くなります。いったん間違った動きをインプットしてしまうと、その動きから抜けることが出来なくなってしまいます。そしてそれが正しいと決めつけてしまうのです。カラダの動きだけでなく考え方、生き […]

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"あなたは何?"

"春は花 夏ほととぎす・・・なんて歌を道元禅師は美しい自然を眺めていったそうです。では、あなたは何?どんなことが好き?どんなことに夢中になれるの?何がしたいの?何の為に生きているの?答えられるでしょうか? はっきりと答え […]

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"無功徳"

"善い行いは、人知れず行っていると、自分の心が「無心」になり、心を静かに満たしてくれます。善い行いをした結果その報いを功徳と言いますが、下心があっての行いには功徳はありません。無心で行う功徳のことを無功徳。善い行いに下心 […]

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"放下着(ほうげじゃく)"

"下着をつけないという意味ではなく、全てを捨ててしまいなさい!という意味です。「もう捨てるものがない」なんていうと、捨てるものがないというそのことさえ捨てなさい。なんてわけのわからないことを言うのが禅の言葉です。肩書きや […]

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"同じ考え"

"長く整体教室に通っていると、私が何を考えているかが、わかるようになってくるみたいです。生徒さんの中で今回のパスワードを私に聞かずに当てた人が何人かいます。おそらく当てた瞬間、「やったー」と叫んだのではないでしょうか?そ […]

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"不可思議"

"「不可思議」は、仏教用語。言葉や考えの及ばない境地のことです。また数を数える単位にもなっています。0が万は4つ、億は8つ、兆は12、そして不可思議はなんと、64個もつく膨大な数をあらわす単位です。何でもお金さえあれば手 […]

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"あうんの呼吸"

"「あ」と「うん」の間に余計な邪魔が入りません。息があった状態のこと。とても自然な呼吸のことです。口をあけると「あ」、その口を閉じると「うん」になります。お愛想で「うん」とうなずくのではなく、相手を疑ったり、馬鹿にしては […]

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"無事是貴人"

"ここでの無事は、何も無いことではなく、何もしないこと。みなさんは、何不足なく、全てが備わっているので何もしなくていいんだよ、という意味。人は、全てを自分の中に持っているので他に何かを求めていくのでなく、自分の中の輝くも […]

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"極道"

"一つの道を極めることは、なにもウルトラC級の技を身につけるものではありません。また、これさえ身につければ道を極められるというものでもありません。平常心とは、当たれ前のことを平然と行うことです。道を極めるには、朝起きてか […]

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